ウェルビーイングを高めるインクルーシブオフィス:自然の要素を活用したデザイン事例
企業のオフィス環境整備を担当されている総務部の皆様にとって、多様な従業員が快適に、そして最大限の能力を発揮できる空間づくりは重要な課題かと存じます。近年注目されているインクルーシブデザインは、年齢、性別、障がい、国籍、働き方などに関わらず、誰もが利用しやすいデザインを目指す考え方です。
このインクルーシブデザインのアプローチにおいて、自然の要素を取り入れる「バイオフィリックデザイン」が有効な手段として注目されています。オフィスに緑や自然光などを取り入れることは、単なる装飾ではなく、従業員の心身の健康(ウェルビーイング)や生産性向上に深く関わることが研究で示されています。
バイオフィリックデザインとは
バイオフィリックデザインは、「人間には本能的に自然と繋がりを求める気持ちがある」という考え(バイオフィリア仮説)に基づき、建築やインテリアに自然の要素を取り入れるデザイン手法です。単に観葉植物を置くだけでなく、自然光、風、水景、自然素材、自然のパターンなどを空間に取り込むことを指します。
このデザイン手法は、近年オフィス環境において、従業員のストレス軽減や集中力向上、創造性の刺激に効果があるとされ、多くの先進企業で導入が進められています。そして、この効果は特定の従業員だけでなく、多様な背景や特性を持つすべての従業員にとって有益であるという点で、インクルーシブデザインの考え方と非常に親和性が高いと言えます。
バイオフィリックデザインがもたらす多様な従業員への効果
バイオフィリックデザインは、様々な特性を持つ従業員にポジティブな影響を与える可能性があります。
- メンタルヘルスへの効果: 植物の緑や水の流れる音は、ストレスホルモンの減少やリラックス効果をもたらすことが知られています。これは、業務上のストレスを抱えやすい従業員や、感覚特性によって過剰な刺激を受けやすい従業員にとって、心地よい安らぎを提供します。また、自然に触れる機会が少ない都市部のオフィスでは、手軽に自然を感じられる貴重な機会となります。
- フィジカルヘルスへの効果: 植物は空気を浄化し、湿度を調整する効果も期待できます。これはアレルギーや呼吸器系の疾患を持つ従業員にとって、より快適な空気環境を提供することに繋がります。また、自然光の活用は体内時計を整え、睡眠の質の向上や疲労軽減に寄与するとされています。
- 集中力・生産性・創造性の向上: 自然の要素は脳の疲労回復を助け、集中力や認知機能を向上させる効果が研究で報告されています。特に、長時間のデスクワークで集中力が低下しやすい従業員や、創造的なアイデア出しが必要な業務に携わる従業員にとって、自然を感じられる空間は脳のリフレッシュに役立ちます。
- 多様な感覚への配慮: 視覚的な安らぎだけでなく、触覚で植物の葉や自然素材のテクスチャを感じたり、水の音や鳥のさえずり(サウンドマスキングとして)を耳にしたり、植物の香りを嗅いだりすることで、多様な感覚を持つ従業員に心地よい刺激を提供できます。特に、聴覚過敏な従業員に対しては、自然のサウンドマスキングが有効な場合があります。
- エンゲージメントと満足度向上: 快適で心地よいオフィス環境は、従業員の会社への満足度を高め、エンゲージメントの向上にも貢献します。自然に囲まれた空間は、従業員同士のコミュニケーションを促進する非公式な場としても機能し得ます。
インクルーシブなバイオフィリックオフィスデザイン事例(想定)
具体的なデザイン事例を通して、バイオフィリックデザインがどのように多様な従業員の働きやすさを向上させるかを見ていきます。(実際の導入を検討される際は、専門家にご相談ください。)
- 事例1:多様な休憩スペースへの緑の配置
- 課題:休憩スペースが単調で、リラックス効果が低い。一人で静かに過ごしたい人、複数人で会話したい人など、多様なニーズに対応できていない。
- デザイン:一人用集中ブースには視界を遮る高さのある観葉植物を配置し、落ち着ける空間を演出。複数人用テーブルの周りには、手入れの容易な小型の植物をアクセントとして配置。壁面緑化を施したエリアは、視覚的な安らぎとともに、吸音効果による静穏性の向上も図ります。
- 効果:視覚・聴覚過敏な従業員が休憩中に心を落ち着けやすくなった。視線の遮断により、他人の目を気にせずリラックスできる人が増えた。緑があることで空間全体の居心地が向上し、従業員の満足度が高まった。
- 事例2:自然光と眺望を活かしたワークスペース
- 課題:窓際の席が少なく、自然光や外部の緑にアクセスできる従業員が限られている。内部の席では閉塞感を感じやすい。
- デザイン:窓際にフリーアドレス席や予約制の集中ブースを設け、多くの従業員が自然光や外部の眺望(緑)にアクセスできる機会を増やしました。窓から離れた中央部分には、人工照明を工夫するとともに、大型の観葉植物や植栽を配置したエリアを設置。天井には空や雲の画像を投影するライトパネルを設置するなど、視覚的に開放感と自然を感じさせる工夫を施しました。
- 効果:自然光にアクセスできる機会が増え、従業員の体内時計が整いやすくなった。内部席でも自然を感じられることで、閉塞感が軽減され、働く場所の選択肢が増えた。特に、季節の変化に敏感な人や、外部の情報を得たい人にとって、心理的な快適性が向上した。
- 事例3:自然素材と触れられる植栽
- 課題:オフィス内に人工的な素材が多く、触覚や嗅覚への刺激が限定的。視覚以外の感覚に心地よさを提供できていない。
- デザイン:共有スペースの家具に木材を多用したり、壁の一部に自然素材(木、石、漆喰など)を使用したりしました。特定のエリアには、葉のテクスチャが異なる植物や、ハーブなど香りのある植物を、触れても安全な場所に配置しました。視覚障がいのある従業員も触れて植物を感じられるよう、点字での植物名表示も検討しました。
- 効果:触覚や嗅覚といった視覚以外の感覚も刺激されることで、より五感に訴えかける豊かな空間が生まれ、従業員のリフレッシュに繋がった。特に、視覚以外の感覚で環境を認識する従業員にとって、空間の多様性が増した。
導入検討のポイントとコストについて
バイオフィリックデザインをインクルーシブな視点からオフィスに導入する際には、いくつかの考慮点があります。
- 計画と専門家の活用: どのような植物をどこに配置するか、自然光をどう活かすかといった計画は、専門知識を持つデザイナーや植物の専門家(園芸家、グリーンレンタル業者など)と連携して進めることを推奨します。従業員の意見を取り入れることも、ニーズに合った効果的なデザインに繋がります。
- 段階的な導入とコスト: 大規模な壁面緑化や建築的な改修はコストがかかりますが、まずは鉢植えの植物を増やす、窓際のレイアウトを見直す、自然素材の小物を配置するといった、比較的小規模な試みから始めることも可能です。コストとしては、植物自体の費用に加えて、維持管理のための費用(水やり、剪定、肥料、害虫駆除、枯れた場合の交換など)も考慮する必要があります。これらのメンテナンスを専門業者に委託することも一般的です。
- 費用対効果: バイオフィリックデザインへの投資は、単なるコストではなく、従業員の健康促進、生産性向上、アブセンティズム(欠勤)やプレゼンティズム(出勤していてもパフォーマンスが低い状態)の改善、離職率の低下といった長期的なメリットとして捉えることができます。これらの効果が、結果として企業全体のパフォーマンス向上に貢献すると考えられます。
- 安全性への配慮: 導入する植物には、アレルギーを引き起こす可能性のあるものや、葉や樹液に毒性があるものがないか注意が必要です。また、鉢の転倒防止や、避難経路の確保といった安全面への配慮も重要です。病害虫の発生にも注意し、定期的な点検と対策が必要です。
まとめ
オフィスにおけるバイオフィリックデザインは、単に空間を美しくするだけでなく、多様な従業員の心身の健康と働きやすさを向上させるインクルーシブなアプローチとして非常に有効です。自然の要素は、視覚的な安らぎだけでなく、空気質の改善、ストレス軽減、集中力向上など、多角的な効果をもたらし、すべての従業員がより快適に、創造的に働くための基盤となります。
初期投資やメンテナンスの考慮は必要ですが、従業員のウェルビーイング向上や生産性向上といった長期的なリターンを考慮すれば、戦略的な投資となり得ます。ぜひ、貴社オフィスへの自然要素の導入を、インクルーシブデザイン実現のための重要なステップとしてご検討されてみてはいかがでしょうか。